「ロスタイム・ブレイク」
■ロスタイム・ブレイク
――私の人生はロスタイムだ。登山中に遭難し、一夜を吹雪に囲まれて過ごして助け出された私は、凍傷で右腕と左足を失った。失意の中過ごした数か月。その後、ギアーズを移植されて手にした自由は今までのどんな幸福よりも輝いて見えた。人生の退屈な一時を慈しむように飲み下し、今日も日暮れを見送る。――
こんにちは。今日の一枚は、景観を主体に作り込んだもの。さほど発展的なことはしていませんが、シルエットを重視して背景の街並みを組み、左上の猫と人物の顔の周辺に視線が誘導されるような流れを意図しました。
絵の方は大分調子が戻ってきた事が言えますし、また大して欠点のないところまで達しつつあるなと。現状弱い点と言えば、光源である太陽光や月光、室内灯の「光の色」が画面に反映されていない点でしょうか。今までライティングがマズい、マズいとずっと言ってきましたが、陰影の理屈はある程度読み込めてきたと思いますし、あとは光の当たっている部分がぼんやり黄味がかる、という理屈を読み込めばいい気がします。
■落書き
さて、最近こちらで騒いでいた問題も根本解決とはいかないまでもある程度解決を見たという事で、この数日は非常に穏やかで平和な時間が流れています。
なんというか、必要な人だけ周りに残るようにふるまっていた結果、身の回りに私にとって非常に気持ちのいい人脈が築かれつつあり、特にこの数か月はそうした人たちに囲まれることで毎日が充実していて、変な悪夢を見ることも激減しました。ストレスそのものが取り除かれつつあるんだろうなと。
しかして、私自身の問題として、他人に好かれているという前提でモノを考えるという事が出来ないタチであり、周囲の私を慕って寄ってきてくださる方たちに対してどういう風に好意を返せばいいかという点で地味に悩むようになりました。
私は単純に自分が気持ちいいと思ったふるまいを淡々と続けているだけであり、本来的にそれに対して報酬をもらうのはおかしいのではないかと思っている。まあ、とは言え好かれる事(特に自分が好きな人たちに好かれる事)は嬉しいんですよね。
そんなことを今日あたり煮詰め始めると止まらなくなりました。
最近かなり調子に乗っていたので、ここらで凹んでおくことは必要だなと思っていましたし、いい薬です。気が付くと自分中心の考え方に陥ってしまう人間なので、偶に自分で軌道修正してやるべきですね。やれやれ。
まあそんな感じでなんとかやっています。
こちらの更新ペースを毎日まで戻そうと画策しているのですが、一日の作業ノルマを終えてぼんやりしているといつの間にか寝落ちしているという日がほぼ毎日とか。かつてなかったほどに疾走感のある毎日を過ごしていますね。
十代のころは「こんな日々早く終わってくれ」とずっと希死念慮を抱いていましたし、二十代のころは「いつになったら報われるんだ」と希死念慮を抱いていたので、三十代になってからの幸せにあふれた日々が本当におかしくなるんじゃないかと思うくらい毎日胸を満たします。
このまま調子に乗って大風呂敷を広げた挙句道を踏み外して、いずれ転落してしまうことを恐れていますが、まあ実体のない悩みだと思いますし、そろそろ自分を許してやれると良いのかもしれません。
ではまた次回。