イラスト・ノート

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

「晴れた街へ」

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■晴れた街へ

 こんにちは。一日空きました。今日の一枚は最近またインプットを始めたためにある程度景観の手札が増え、それを基に描いたもの。室内から屋外に出ていこうとしている最中を描いたもので、構図は大体がツイッターで見かけたイラストに着想を頂いてきたものの、新しいモノを出せたという事で比較的満足のいく出来でした。

 また今回、ベースとテーマだけではなくライトと反射にもカラーを設定し、それを基に立体感を詰めましたが、その手が非常にうまく自分の進めてきた手とかみ合いましたね。重厚な厚塗りの強みを良く生かした画面となったように思います。

 とりあえず武器としては出そろったように思うので、あとはこれらをひたすら研いでいきましょうか。

 

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■落書き

 

 さて、一日寝込んでおりました。今回も定期活動の末に大分精神をやられて起きられなくなっていたのですが、まあこうなることはこうなると解ったうえで生活リズムに織り込んでいくのが正着でしょうね。

 

 尚、この所「ブルーロック」というサッカー漫画を読みふけっているのですが、この漫画、「日本に世界でも通用するストライカーを誕生させる」ことをコンセプトとしているため、「才能」を伸ばすうえで有用と思われる思考法や方法論の記述が多数出てきます。

 その中でも私が感じ入ったのが、「敗北」に関する記述。

 

 敗北とは、勝負の世界に必ず生じるただの現象です。どんなに才能を持ち、どんなにそれを伸ばしてきた人間であっても、こと勝負の世界に身を置いたとき、敗北は免れない。敗北した人間はその世界から否定される。これ以上の絶望はありません。

 しかし、多くの凡人は、敗北から何も学ばない。敗北から得た「絶望」を「正しく刻まない」のです。

 

 「自分には才能がない」「自分は非力だ」というただの事実を、認めることが出来ずに物の見事に無意識の言い訳をする。

 今までの努力を否定しないために、負けたことを「いい経験になった」とか、「まだ始まったばかりだ」とか、いい思い出として消化してしまおうとする。

 

 叶えるためにあったはずの夢が、ただ「追う」ためのものにすり替わる。

 こうして人は稀有な才能を腐らせていくのだそうです。

 

 ここで大切なのは、絶望を糧にすること。「自分は負けたのだ」という事を理解し、それを基に一度自分を「諦め」、けちょんけちょんに自分を否定してもう一度作り直す。

 その、自分を壊し、作り直すという行為を何度も何度も、恐れずに行える人間だけが上に行けるのだ、という記述でした。

 

 これについては心あたる部分が非常に大きい。「絶望を自分に正しく刻む」という言葉が、非常にしっくりくる感じでした。

 誰もが出来る事だとは思いません。しかし、だからこそそれが「出来る」人間だけが才能を開花させていくというのも納得できる。

 

 「守る」側に回ってしまった人間は、勝負の神様から見放されるという事なのでしょう。私も自分の負けを正しく自分に刻んでいきたい。

 

 ではまた次回。