山田唄のイラストブログ

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

過去作と原点と残り四か月の指針

 こんばんは。今回は前回予告しましたように、過去作を何枚か上げながら自分の原点の振り返りなどしてみたいと思います。なるべくこちらに載せたことのない画像を選びますが、何分過去のものなので拙い点はご容赦を。尚、前半の本文は長い上に取り留めもない身の上話なので読み飛ばし推奨です。

 

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■過去作1

 これは2013年中頃のイラストです。大変粗が多いと思うのですが、これが自分のピクシブ初のタグ付を頂いた子になっております。ちなみに「好きな感じ」というふわっとしたタグを頂きました。(言い草。

 思えばそのタグに影響されて、こう言った独創性の高い表現に流れて言った気が致します。

 

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■過去作2

 これも2013年中頃のもの。自分のイラストの原点は先日も書いたように中学時代の友人にあるのですが、原野ともいうべきリスペクトした絵描き様はキム・ヒョンテ様という海外の絵描き様でした。

matome.naver.jp

 キャラ絵描きであれば惹かれずにはいられないような大変独創的、且華美なデザイン。私が彼を知ったのは偶然書店で見つけた画集が最初なのですが、多数のキャラデザインとラフ画がまとめられておりしばらくは夢中で読みふけり模写し外出時も携帯しておりました。

 それくらい、私のキャラデザインとキム・ヒョンテ様の系譜とは切っても切れない関係がある。そもそもキャラデザインに進もうと思ったきっかけもこの絵描き様に出会ったからでした。

 

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■過去作3

 同じく2013年の末頃のもの。

 以来自分は、とにかく新しいもの、ぱっと目を惹くものに憧れて絵を描いてきたように思います。元々自分には平均以上の理解力と応用力があり、どこかから貰ってきたアイディアを組み合わせて新しいものを作るというような事は大変得意でした。

 ゼロから生み出すようなことは出来ないのですが、幸いにしてインターネット全盛期も半ば、資料には事欠かなかったため私の引き出しは無限に増え続けて行くことになります。

 

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■過去作4

 これも2013年末頃。

 ただ、自分のデザインや絵柄は、当時のインターネット絵描き界隈では全く通用しませんでした。とにかくファンタジーを描いていれば「天野さんの影響受けてるね」と必ず言われるような時代でしたし、当然と言えば当然かもしれません。丁度ラグナロックなどのMMORPG全盛の時代であり、ソーシャルゲームはまだそれほど流通しておりませんでした。ゆえにグラフィッカーの仕事もほとんど無く、大抵のイラストレーター様はカードゲームのイラストを描いて生計を立てているような時代。

 

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■過去作5

 そんな時だったので、私もゲーム系フリーランス絵描きを目指すのであれば市場はカードゲーム業界、というのが必然でした。当然カードの仕事は大変報酬が良い代わりに倍率もものっそ高い。選ばれた一部のエリートだけが受け入れられるような市場でした。そこで私は一先ず経歴作りの為に、PBWへのイラストレーターとしての参加を目論みます。

 PBWというのは当時もはや全時代の産物となりつつあった、PlayByWebというインターネットを使ったロールゲームです。プレイヤーはそのPBWの世界の住人となり、冒険のシナリオやキャライラストを発注して自分だけのロールをして遊べるという質のゲームで、MMO登場以前は結構にぎわっていたらしいです。現在もその名残のPBWが何社か存在しているのですが、そのうち五社にイラストレーターとして登録して頂き、実際に二件仕事も請けました。ただ、先には繋がらなかったですね。

 

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■過去作6

 

 ここからは自分の原点の話です。

 先程から述べてきたように、私の原点はキム・ヒョンテ様のキャラデザインに在ります。そこに拓けた世界があまりにも眩しく新しかったために魅了された。以来自分でも少しでも新しいものを作ろうと努力してきました。ただ、その結果私に与えられた評価は、「資料も観ずに好きな絵を好きなように描いてるだけの素人」というもの。当時発想力など何の役にも立たず、ピクシブ全盛期であったためかオリジナルを描く事すら恥とされるような風潮がありました。

 その波に揉まれて私も活躍の機会を失ってしまい今に至ります。もし私が生まれたのがあと五年ほど遅ければ違う結果になっていたのかもしれないと思うと大変悔しい。現在はソシャゲが広まったためにグラフィッカーの雇い口もずっと増えており、また独創的なデザインも良しとされる世の中になりつつあります。

 であれば、今その原点を思い描けたのは良かったのかもしれない。最近は私もよく言われるんですよね、「山田さんの個性を大切にしてください」と。もう絵を仕事にするには年齢がキツイですが、インターネットでほそぼそと個人依頼を請けて食いつなぐくらいの事は出来るかもしれない。

 

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■過去作7

 

 そんなわけで、今年の残りは私自身の掘り下げを主な指針として行こうかなと思っております。先日から過去の熱量を取り戻そうという画策を行っているわけですが、それを重要な柱として定め、まずモチベーションとアイディアの出方を当時のものに近づけるべくリハビリを行う。絵柄や作風の相性に関してはもうそれほど気にせずに、自分のやりたい絵を思いっきりやる。

 前回の記事に夕橙様より「山田さんは割と好不調の波があるように思う」という趣旨のお言葉を頂いたのですが、その理由は自分の絵を売れ筋に寄せようとするあまり、無理な絵柄の改変を行ってきたせいでもあるのですよね。自分のやり方を追求して行けばその点も自ずとクリアになるのかなと。

 このまま順調に話が進めば、お世話になっているユートピア様のほうで来年からゲーム製作が始まるそうで、私もそのグラフィッカーの一人に数えて頂いております。そちらで仕事の経験値を溜めつつ、思いっきり自分の描きたい絵を追求できれば良いかなと。

 

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■過去作8

 

 そんな感じの指針でした。長々とお付き合い頂きありがとうございました。

 さて、とりあえず見通しが立ったので、とにもかくにも現在の依頼です。今の所立ち絵十一枚と挿絵四枚がチェックを通っており、残り一枚+αの挿絵が残っている状態。月曜までに連絡が行かないようなら追加は無いです、とのお言葉を頂いているので、おそらくこれ以上は増えないと思います。どうやら余裕を持って十月頭の締切に間に合いそう。依頼が終わったらしばらくまた休みを頂いて、自分のイラスト研究の為に引きこもりたいですね。

 ではまた次回。