イラスト・ノート

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

イラスト制作に関するもやもや吐き出し

 こんにちは。昨日ちらっと記事に書いた事に関して、まあ随分考え込んでしまいまして、今まで絵について悩んで来た事と併せて結構な情報量になってしまいました。

 今回は、その悩みの解決策を探ると言う名目で一渡り自分の考えている事をここに吐き出してしまおうと思います。

 

 絵の無い記事になります、読み飛ばし推奨です。

 

 

・評価について

 これは特に長い間悩んで来たことなのですが、私くらいの年代のずっと絵を描いてきたような方達は、そのほとんどが既にツイッターで千を超えるフォロワー、イイね数を得てきていらっしゃる訳です。

 自分は何もかも遠回りしてきた自覚があるのでまあ仕方ないだろうと言う所に落ち着いてはいるものの、じゃあたかだか数十人にイイねを貰い、見てくれている人数も恐らく大して違わない、それだけのために毎回毎回何時間も掛けて絵を描く意味が果たしてあるだろうか、と思ってしまいました。

 

 ツイッターで今回の件にリプして下さった方が、「好きな物を表現するためにあるのが絵であり、その為の研鑽は無駄では無い」的な事を言って下さいました。大いにその通り、とは思ったものの、その方自身が普段からイラストに数百~数千のイイネを得ている方であり、また私よりも一回り以上年下の方です。どうしても気持ちの上でその方の言葉を受け入れられず、「だってあなたは評価されてるし人気者じゃん」と思ってしまうんですよね。

 

 評価は努力や実力に対する絶対の対価ではない。分かっているつもりです。それに関しては常々悩んで来たし、その分自分なりに消化してもいる。私にとって「評価」とは、努力報酬と言うよりは努力した結果ついてくるおまけのようなもので、本命は自分が自力で絵を描き上げたと言う達成感です。

 その程度には気持ちの整理がついているものの、やはり未だに「なぜこんなに頑張っているのに自分の評価はこの程度なんだ」という気持ちにもなりますね。

 

 

・描きたい物

 こちらでも時々書いてきたように、私にはそもそも「描きたい」と強烈に思えるジャンルや世界観がありません。大体絵を始めたのも、自分に絵の適性があるのが解っていたからで、その後は純粋に技術を高める為だけに絵を描き続けてきました。結果、技術力としてはある程度のレベルまで到達してしまった。

 

 それが結局、今回の低迷の一番大きな要因なのでしょう。私は絵を描く目的を更新する必要に迫られているんだと思います。

 

 ただ、今まではひたすら自分の弱点を潰す描き方をしてきました。人まねを繰り返し、流行を意識し、ただただ個を抑えて周囲に迎合する描き方をして来た。そんな自分に今更「何が描きたいの?」などと問うてみても、到底「解らない」と答えるしかない訳です。

 絵を描きはじめた当時は描きたかったデザインや世界観が潤沢にありました。しかし、そのどれも「山田さん”らしすぎる”」というような理由でひたすら難を指摘されまくった。結果として私の絵は、単なる人のコピーにならざるを得ませんでした。

 

 今に成って「自由に描けよ」「好きな物を描けよ」などと言われても、困惑するしかない。だって私にとっての「絵」とは、ひたすら他人のウケを考えてその為の解を生み出す、単なる流行量産マシーンなのですから。

 

 

・技術

 

 そして、今まで自分が率先して伸ばしてきた「絵の技術」というものも、ある程度自分はカンストしてしまったんだと思います。

 予感はずっとあった。思えば四、五年前から自分の絵はかなりの領域に達していて、しかしその度に自分を良く思わない人たちから駄目だしをされて無理やり方向転換を図る事で技術のカンストを回避してきた。

 その引き伸ばしもそろそろ限界なのだと思います。

 

 

・まとめ

 一番に言える事は、もうなんだか疲れました。

 絵を描いて来て、楽しい事、嬉しい事、達成感、遣り甲斐、沢山手にしたと思う。でもそれよりももっと多くの自分や自分の絵への罵詈雑言、侮り、おごり、嫉妬、蔑み、とにかくもう触れたくもない他人のおぞましい感情を幾らでも向けられてきた。その苦しみと戸惑いを、ほとんどの人は理解してくれることもないまま、抵抗しない私をただただ言葉でボコボコ殴った。

 

 何のために絵を描いてきたんだろうな、と思う訳です。

 自分が表現者として成功したくて、その経過として理不尽と戦う、それは良い。ただ、私は表現者になりたかったわけでも誰かに何かを訴えようとしたわけでも無く、ただ一人で楽しく絵を描いていただけです。それに対して余りにも人間の黒い所を見せつけられた。

 私も、私の絵も、もう向けられた感情で黒く濁って、絵を始める以前のワクワクしている私では無い。

 なにより、それら私の黒く汚れた部分が、頻繁に苦しみから金切り声をあげて私に動揺を強いるのです。

 

 偶に後悔します。なぜ絵などにのめりこんでしまったのか。もっと健全で楽な趣味が幾らでもある。こんな、絵をアイデンティティにするほど関わってしまって、自分はもう逃れられない。

 

 ひたすら、苦しいです。

 

 

 今回は答えが出ませんでした。大分本音を書き散らした気がしますが、私の中の感情の一パーセントも吐き出せていない。もう数日、こうして文章にしながら自分の気持ちを探ってみようと思います。

 

 ではまた次回。