イラスト・ノート

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

「若き魔女」

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■若き魔女

 

 おはようございます。今回の一枚はシチュエーションと共にムードを意識してみた一枚。りと様の言う所の「湿度」の出し方が割かし掴めてきた感がございます。グラデーションツールでのレイヤー加工技術はそこそこ形になってきた模様。

 今回は奥の竜がザツですね。鱗の描き方は少しずつ変えつつ試していますがまだしっくりこない。

 あと、これは今までの私のイラストすべてに言える事ですが、全体的に「小品」感が出ておりますね。スケール感や大作感を出して行こうと思うなら、UK様が仰るようにやはりもっと時間を掛けて描き込んで行かなければいけない。どこかのタイミングで生産体制の見直しをしたいです。

 

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■経過

 

 さて、原田マハ様の「ジヴェルニーの食卓」、二篇目の「エトワール」を読み終えました。

 

 偏屈で人を拒む印象派の始祖、ドガ。彼をよく知る美術商と画家の交わす些細なやりとりから始まった物語は、ドガが十四歳の少女にヌードモデルをさせ始めたところから急速に加速して行きます。

 そのヌードの理由が明かされるのはクライマックス。彼は蝋人形で少女の裸体を表現し、印象派が生まれたばかりの美術界に一石を投じようとしていたのでした。

 

 ドガは言います。「これは闘いなんだ」と。自分たちは客に愛人として買われるために舞台に立つバレリーナたちとなんら変わらない。だから私は彼女たちを描き続けるんだよ。

 …その戦いが、果たして何を相手にしたものなのか、私にはまだ分かりません。世間なのか、美術界なのか、自分自身なのか、或いは、社会そのものなのか。ただ、私たち絵描きはいつの時代も、そう言ったモノ達と闘い続けているのでしょう、ドガの言うように。そして、その戦いはいつも苛烈なものであるのです。

 

 モデルをしていた少女はいつしかドガに恋をするようになった、と最後に明かされるのですが、ドガも恋をしていたのでしょうね。少女自身に、では無く、少女の奥に垣間見える可能性やインスピレーション、といった、芸術家にとって何にも代えがたいものに。

 今回も心の扉を否応なくこじ開けてくるような物語でした。

 

 ではまた次回。