山田唄のイラストブログ

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

「輪角」と「蝕」

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■「輪角」

 

 おはようございます。今日は二枚ともリメイク。

 

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■リメイク元(2015年作)

 一枚目はこのイラストのリメイクでした。やはり当時に比べバランスやディテール、デッサンなどが向上してはいるのですが、それだけに画面があっさりし過ぎて情報量が足りない印象を受けます。今回は余計だと思った枝葉を除いたためでもあるのですが…。現実的な問題として、アイディア量が取り戻せるまでは装飾で誤魔化すのもやむなしかもしれません。結果装飾とアイディア量両方で見せられるのが理想ではありますが。

 

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■蝕

 

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■リメイク元(2013年作)

 こちらも情報量や練り込みが足りない仕上がりに。単純に掛かる時間と手数に対し、画面に締める効果が少ない塗り方に成っているという事も言えるのかもしれません。今回はそれよりも、ポーズや表情の作り方の衰え、というか思い切った表現が出来なくなり、無難に纏めてしまっている点が衰退の原因としては大きいと思われますが。

 

 昨日末尾に書いた件に関して少しずつ頭の整理を進めています。

 そもそも空想画を描く時にまずするべき事は、その絵で何を伝えたいか整理してコンセプトを練る事だと思うのですが、コンセプトそのものは技術でもなければ魅力にそのまま結びつくわけでもない、どちらかと言えば描き手の意思に関わる部分です。そしてコンセプトに肉付けする形で構成やデザインを詰めて行くわけですが、この時コンセプトから絵の実像を浮かび上がらせる事が表現活動の真髄ではないかと思うのですよね。それは想像力に関わる部分であり、つまりは表現力に直接結びつく部分です。そして表現力とは技術、知識にある程度依存する。そうして最終的に仕上がったモノが魅力的であったりそうでなかったりするわけですが…。

 こうして考えると、「個性」というものは絵の工程のどこかに含まれている物では無く、もっと包括的な、人間が創作やその他の活動をするときに常に指針となるような概念であるように思えてきます。

 例えば水を飲みたい、と思った時に、蛇口からそのまま飲むのかコップを持ってきて飲むのかが性格、個性ですよね。そのように個性とは人間の行動や表現全体を決定づけるものなのではないかと。先ほどの話で言えば、「水を飲む」がコンセプトであり、蛇口から飲む、コップを使って飲む、という実際の行動が構成やデザインに当る。そしてそれらすべてを「選択する」時に現れるのが個性である。

 

 返す返す、個性という物は人間の活動そのものから切り離せない存在ではないかと思えるんですね。

 ここで、蛇口から飲むほうが楽だけど、行儀が悪いからコップを使おう、と思うと、そこで個性のブレが起こるのではないかなと。水を飲む話なので分かり辛いですが、例えばデートに行くときいつもはジーパンスタイルだけれど今日はお洒落をしてワンピースを着よう、そのほうが相手に良く思われるだろうから、という事例になると、それが無理をして相手に合わせた結果であり、個性が埋没して行く様子が如実に捉えられる気が致します。もちろん相手に良く思われたいからワンピースを着る、という行動も「選択」であり個性と言えるのですが、魅力としてはやはり借り物になりますよね。

 本当の自分を見せられていない、さらけ出せていない。それは自分に自信が無いからという事の裏返しでもあるように思えます。そうして出来たスタイル、絵は、やはりどこか突き抜けていないものになる。好きなものを好きなように描くのがどんな時も大切などと言うつもりはないですが、嫌いなものを自分に無理に納得させながら描いていてもそれはバレますよね。そして、好きなものをとことん突き詰めて行くほうがより深くまで潜れる。

 

 私も自分に自信が無い為に、特に絵柄に関しては猿真似ばかりしてきましたが、結果としてどこにも行き着かない中途半端な絵柄として落ち着いてしまっているように思います。その絵柄に関しても、或いはデザインや構成に関してもそうですが、「素の自分」を受け入れる度量を持って自分の個性に今一度深く接しなければこれより先には進めないのではと思うのでした。

 

 なんだかよく分からない語りを長々としてしまいましたが、早い話私は「自分だけの武器」が欲しい。この表現だけは自分は誰にも負けないという物が欲しい。そしてそういう物を見つけた絵描き様の絵が、特にネット社会では人気を得易いものなのではないかと。幾度も自分の武器を否定され、自分でも否定せざるを得ない心境に陥ってしまった分、回り道をしましたが、ようやく思考的にスタート地点くらいまでは戻ってこれた気がしますね。

 そんな感じで、また次回。