山田唄のイラストブログ

イラスト描き、山田唄の制作物を載せて行きます

評価は大切か

 こんばんは。今日はリハビリの日でした。私は対人に関して特にすぐに疲弊する体質でございまして、リハビリと言えど電車に乗って出かけて半日でも病院で過ごすことは大変な疲労に繋がります。でも、一人で細々と作業したりインターネットなどで間接的に人と関わる時には人一倍落ち着いているので、そういう自分の現状をなかなかご理解頂けません。私のような病気持ちの人間の精神状態を少しでも認知してもらえる世の中になれば良いなと思っているのですが…。

 今回は技術的なお話ではなく、どちらかと言えば心構えのお話。絵に対する評価について。

 

 以前、絵は人に見せてこそのもの、表現である、というようなことを書きましたけれど、人に見せてしまうとどうしてもついて回るのがその絵に対する「評価」であると思います。

 これ、とても難しい上にデリケートな問題なのですが、評価は一概に正しいと言えるものばかりではなく、また中には正しくて尚且つ作者である自分自身を傷付けるような内容のものも含まれます。評価に対してどう身構えるか、何を取捨選択して自分のモチベーションに繋げて行くか、は、絵描きにとって大変大きなテーマだと思います。

 

 これも自分の体験としてしか語れないのですが、私は元々人よりある程度絵が描ける状態で周りに絵を見せ始めました。元々鉛筆などでコピー用紙に描いていたのですが、友人にものごっつ絵が上手いヤツが居まして、そのせいで自分の絵にしばらく自信が持てずインターネットなどで公開し始めるのも遅れたのですね。

 そのおかげで、最初はあるSNSに集まったネットの友人達に褒めて貰ってばかりの日々でした。しかし、あるときプロのイラストレーター様とネットで知り合いました。

 私の、褒めて貰うことで付き始めていた自信(というか過信)はそこで粉々に砕かれました。何もかも圧倒的だったのです。これが売り物としての絵の力か、と、深く深く感銘を受けると共に、自分もなんとかしてその高みに達してみたいという思いが強まりました。

 これが私が絵の仕事を目指すきっかけになっています。

 

 しかし、当時自分が「絵を仕事にする」と宣言した途端、周りの評価は一転しました。当たり前と思われるかもしれないのですが、私の絵は「趣味で描いているならまあまあのレベル」であったものの、商業のレベルと比較したときあまりに幼稚でお話にならなかったのです。

 当時描いていたものを、恥を忍んで公開してみます。

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 これでも当時、自分ではよく描けたと思っていた習作です。デジタルで絵を描き始めて半年後くらいのものになるのですが、ぱっと見た時まずザツ過ぎて、まるでお話になりません。

 

 でも、…です。こんな絵であっても、褒めてくれる人は居ました。そして、私にとって何よりも勇気づけられ、また次を描く時に参考にさせて頂くことが出来たのは、そうした褒めること前提のポジティブな意見でした。

 

 はっきり言って、今私が描いている絵にしても、一年後振り返って見れば稚拙過ぎて泣きたくなるくらいのものになると思います。絵とは常に前進、発展し続けなければどこかで辞めてしまいたくなるもの。不思議とそういうものなんだと思います。

 だからこそ、悪戯に貶める意見ばかり聴き過ぎると、どうして自分は何度言われても出来ないんだと思い悩み、いつか絵が描けない程に自分を追い詰めてしまいます。私がそうでした。

 昔付き合いのあったある知人がこんなことを言っていました。「厳しくすることには責任が伴う。だから人は厳しくしてくれる人に対して対価、報酬を支払う。それが学校や研究所である」

 むやみに人に厳しくしてはいけないし、厳しさを求めるのもまた危険なことです。厳しい言葉には、それが正しければ正しいほど逆らえなくなりますし、逆らえないからこそ自分の中に響き続けて生涯消えなくなります。正しい言葉の力、とでもいうのでしょうか。正論と言う物は時にどんな罵詈雑言よりも人を傷付けます。

 

 なので、やはり先日も書きましたように、自分の絵を必ず褒めてくれる人を見つけることが第一です。その上で、評価と言うものを少しずつ、確実に噛み砕いて消化できるような心の余裕を持つことが大切なのだと思うんですね。

 

 結論が出たので、私自身の足跡を追って行きましょうか。

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 これが先のイラストの半年後、デジタルを始めて約一年ごろのイラストになります。細部が全く描けていない点を、この頃何度も指摘されていました。「描くのを途中で辞めているように見える」「ちゃんと完成させろ」というのが頂く意見の決まり文句になっていましたが、当時私にはどうすれば完成させることが出来るのかと言う点がまず分かっていませんでした。

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 これが描き始めて二年目のイラストです。この頃、自分は展示会のお誘いを頂いて頻繁にグループ展にお邪魔させて頂いていました。

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 これが二年目の終わりごろのイラスト。ここまで来てようやく細部を整えることに意識が向き始めているように見えます。

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 そして三年目。実はこの年に、自分はある先輩のイラストレーター様にネットで出会っています。その人は、本心から私の絵を褒めてくれて、それと同時に冷静に問題点を指摘してくれる人でした。私は、私の生涯であれほど公平公正な人物を他に知りません。その人の穏やかで凛とした語りや諭しで、私はずいぶん救われました。

 この人が私にとっての最高の表現相手だったのでしょう。

 ここから私の実力は緩やかではあるものの今までに比べると急速に伸びて行きます。

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 約半年ほどの間に、ここまで描けるようになりました。イラストとしての完成度が上がっている点以上に、色使いが徐々に明るく成っています。絵というものは自分がつぶさに現れるもの。精神が正しく健やかに機能出来る環境を得ることが、実は何より大事だとこの頃よくよく知りました。

 

 本当に信じられる人の言葉だからきっちり受け止められるもの。でも人間出会う人全てを信じるなんて無理です。だから、やはり褒めてくれる人を中心に人間関係を築いていくのが良いのでしょう。

 プロになればおのずと叩かれる体験も増えます。そういう時支えになってくれる人を見つける意味でも、理解者を見つけることはとても大切だと思うのですね。

 

 ちょっと感情的な語りになってしまいました。でも、心から思います。あの当時人間関係がもう少し穏やかであったなら、自分はもっと早く実力を伸ばしていたでしょう。人が才能を伸ばす上で最も大切なのは環境だと思います。これから何かを目指す人には、ぜひ、そこは拘って見極めて頂ければと思います。

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